大判例

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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和34年(わ)129号 判決

主文

被告人を懲役弐年に処する。

この裁判が確定した日から参年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用≪省略≫

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転手等の職を転々としたのち、昭和二九年一〇月ころから京都市上京区下長者町六軒東入ル六番町において湯のし業を営んでいたのものであるが、同三二年八月ころ右営業が不振に陥り金銭に窮したところから、そのころ取引先で知り合った永田富士夫に誘われるまま、同人と共に反物の卸し販売をして利を得ようと図り、同人がすでに設立していた同市上京区今出川通七本松西入ル毘沙門町四八七番地所在株式会社大繊の商号を用い、同人の連れの木村明も加わって、右事業に乗り出したものの、まもなくこれにも行き詰ったため、このうえは、織物製造販売業者らから商取引に藉口して反物を騙取しようと企て、その旨右永田富士夫および右木村明と互いに犯意を通じ合い、同年九月末ころ右商号を桝屋株式会社と変更し、同市下京区四条通柳の馬場西入ル呉服商ますやこと梁在根方の一部を借り受け、これに「桝屋株式会社」の看板を並掲し、さらに株式会社三菱銀行出町支店に僅少な預金をして右桝屋株式会社名義の口座を開設するなどしたうえ、

第一  別紙犯罪一覧表(一)記載のとおり、同年一〇月一四日ころから同年一二月二七日ころまでの間、前後一〇回にわたり、新潟県十日町市子九八番地絹織物製造販売業菅工織物株式会社において、同会社社長菅村吉治らに対し、代金支払の意思がないのに、これがあるように装い、「右桝屋株式会社は資産があり、かつ確実な販売先のある絹織物問屋であるから、絹織物を売ってもらいたい」旨申し欺き、同人らをして確実に代金の支払を受けられるものと誤信させ、よって、その都度同会社係員から、絹織物合計八七四反を右桝屋株式会社に送荷させて受領し、

第二  別紙犯罪一覧表(二)記載のとおり、同年一〇月一五日ころから同年一二月五日ころまでの間、前後五回にわたり、同市二二八番地絹織物製造販売株式会社菅村において、同会社社長菅村新蔵らに対し、代金支払の意思がないのに、これがあるように装って前同様に申し欺き、同人らをして確実に代金の支払を受けられるものと誤信させ、よって、その都度同会社係員から、絹織物合計一〇八反を同会社において交付を受け、または前記桝屋株式会社に送荷させて受領し、

第三  別紙犯罪一覧表(三)記載のとおり、同年一〇月二四日ころから同年一二月二〇日ころまでの間、前後五回にわたり、同市宇都宮七〇番地絹織物製造販売業根茂織物株式会社において、同会社社長根津茂に対し、代金支払の意思がないのに、これがあるように装って前同様に申し欺き、同人をして確実に代金の支払を受けられるものと誤信させ、よって、その都度同会社係員から、絹織物合計四二一反を同会社において交付を受け、または前記桝屋株式会社に送荷させて受領し、

第四  別紙犯罪一覧表(四)記載のとおり、同年一〇月二七日ころから同年一二月二〇日ころまでの間、前後六回にわたり、同市子二八番地機業蕪木正三方において、同人に対し、代金支払の意思がないのに、これがあるように装って前同様に申し欺き、同人をして確実に代金の支払を受けられるものと誤信させ、よって、その都度同人から、絹織物合計二一七反を同市寅甲二一二番地旅館原田屋こと春日花子方において交付を受け、または前記桝屋株式会社に送荷させて受領し、

第五  別紙犯罪一覧表(五)記載のとおり、同年一一月一三日ころから同年一二月二四日ころまでの間、前後一一回にわたり、同市辰甲八三〇番地機業福原謙吉方において、同人に対し、代金支払の意思がないのに、これがあるように装って前同様に申し欺き、同人をして確実に代金の支配を受けられるものと誤信させ、よって、その都度同人から、絹織物合計六九二反を前記桝屋株式会社に送荷させて受領し、

第六  別紙犯罪一覧表(六)記載のとおり、同年一二月二一日ころ、同市子二二七番地絹織物販売業株式会社南部協会において、同会社社長鈴木富次らに対し、代金支払の意思がないのに、これがあるように装って前同様に申し欺き、同人らをして確実に代金の支払を受けられるものと誤信させ、よって、そのころ同市国鉄十日町駅において、同会社係員から、絹織物合計八一反の交付を受け、

第七  別紙犯罪一覧表(七)記載のとおり、同年一二月七日ころおよび同月二〇日ころの二回にわたり、同市下條中新田七九八番地機業樋熊栄松方において、同人らに対し、代金支払の意思がないのに、これがあるように装って前同様に申し欺き、同人らをして確実に代金の支払を受けられるものと誤信させ、よって、その都度同人から、絹織物合計六七反を前記桝屋株式会社に送荷させて受領し、

第八  別紙犯罪一覧表(八)記載のとおり、同年一〇月二八日ころから同年一二月二〇日ころまでの間、前後四回にわたり、同市高山五七番地の一絹織物製造販売業南清織物株式会社において、同会社社長南雲清治に対し、代金支払の意思がないのに、これがあるように装って前同様に申し欺き、同人をして確実に代金の支払を受けられるものと誤信させ、よって、そのころ前後六回にわたり、同会社係員から、絹織物合計六七反を前記桝屋株式会社に送荷させて受領し

てそれぞれこれを騙取したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも刑法第六〇条、第二四六条第一項に該当するが、右は同法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法第二五条第一項一号を適用してこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文掲記のとおり被告人に負担させる。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件審理が著しく遅延したのは専ら裁判所の訴訟指揮の怠慢に起因し、これがために被告人は憲法第三七条第一項に保障された迅速な裁判を受ける権利を侵害されたのであるから、本件については公訴時効が完成した場合に準じ刑事訴訟法第三三七条第四号により被告人を免訴すべきである旨主張する。

おもうに、刑事訴訟法第三三七条には、弁護人の主張するような事由が生じた場合に判決で免訴の言渡をしなければならないとは明らかに規定されてはいない。しかしながら、憲法第三七条第一項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判を受ける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨に解すべきである。そして、このような場合には判決で免訴の言渡をするのが相当というべきであるが、具体的刑事事件における審理の遅延が、迅速な裁判の保障条項に反する事態に至っているか否かは、遅延の期間のみによって一律に判断されるべきではなく、遅延の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認められないかどうか、これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程度実際に害せられているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられるべきものといわなければならない。(最高裁判所昭和四五年(あ)第一七〇〇号同四七年一二月二〇日大法廷判決参照)

これを本件についてみるに、記録によれば、被告人については、昭和三八年二月七日の第二五回公判期日から同四九年二月一三日の第一二六回公判期日に至るまで、約一一年余の間公判審理が中断されていたことなどのため、最初起訴された昭和三四年四月一三日から審理終結までに約一五年半の期間を経過していることが明認される。そして、その経過を具体的に辿ってみると、本件は、当初被告人と永田富士夫とが共同正犯として同時に起訴され、その後間もなく右と同様に追起訴された分と共に併合審理されていたところ、右永田に対してはなおも有価証券偽造等被告事件がるい次にわたって追起訴されたことから、右事件ならびにその関連事件との間で弁論の併合がなされ、さらにこれらとの間で分離、併合の過程を経ながら、すでに検察官の立証が実質的に終了し、被告人側の反証途上、それも弁護人請求にかかる証人の取調べが実質的に終了し、被告人および右永田に対する質問のみが必要なものとして予想され得た段階で、同三八年二月七日の第二五回公判期日において、被告人が合式の召喚を受けながら正当な理由がなく出頭しなかったため、被告人について弁論が分離され、爾後の公判期日は追って指定とされ本件公判手続が事実上停止されたまま、専ら右永田らに対する別件の審理が進められたのち、同四七年一一月六日被告人に対する公判期日を同四八年二月一四日と指定され、その召喚状の送達が同四七年一一月二八日適法になされたものの、当時被告人が病気を理由にその期日に出頭しなかったことや、保釈の制限住居を裁判所の許可なく変更していたことなどの事由もあって、その後二回指定された公判期日にも被告人の出頭がなく、同四九年二月一三日ようやく公判の審理が再開されるに至ったことが看取されるのである。

ところで、右永田は昭和四二年一二月四日の第六〇回公判期日における出頭を最後として以後病気不出頭を繰り返し、現に公判手続停止中であって、その後の審理が進められないままになっているのであるが、その間、被告人側からは、同三八年四月新たに弁護人選任届書を提出したにとどまり、本件について公判期日の指定を申立てるなど、審理を促す等の措置は全く講じられていないことも明らかである。

以上の事実関係からすると、本件審理がこのように著しく遅延するに至った原因は、主として、約九年九か月間被告人に対する公判期日の指定がなされなかったこと等で約一一年余の長期に亘って事実上審理が中断されていたことによるのであるが、右のように、公判期日が被告人の不出頭を契機として長期間指定されないままで放置されたのは、ひとつには、裁判所が本件につき将来被告人と右永田の弁論を併合したうえ、同時に審理判決することを見込み、永田らに対する別件被告事件との間で弁論の併合、分離を繰り返しながら、その審理の進行を待っていたところ、その後右審理が意外に長期間を費し、そのうえ右永田が病気となって当初の見込みが全くはずれる結果となったためとも推測できるのであって、この点で裁判所に当初の見とおしの甘さがあったことは否定できないとしても、これをもって一概に裁判所の怠慢とのみは決めつけられないものがある。他方、被告人側としては、本件審理の中断が被告人側の主導的役割が課せられている反証段階において生じたのであるから、もし右中断により迅速な裁判を受ける権利を侵害される虞れがあるとするならば、進んで公判期日の指定を申立てるなど、右中断を解消する措置を講ずるべきであったのに、これを漫然と放置したものであって、被告人側にもまた一端の責任があることを否定できない。そして、これらの事情に加えて、本件記録上明らかなように、同四九年二月一三日本件公判の審理が再開されてからその終結するまでの間における証拠調の実情をみるに殆ど被告人側の反証段階として終始し、そのなした証拠活動の主なものは、右永田を証人として尋問を求めたほか、被告人に対する弁護人の質問、しかもそれは審理が遅延したことによる不利益の有無等に関する事項を中心としてなされていることが窺われ、それらの供述内容をつぶさに検討し、その他関係資料等に照らしてみても、被告人が右の審理中断により訴訟上および社会生活上の不利益を蒙ったものと認めるべき特段の事情があったものとは考えられないので、これら諸般の情況を総合的に考察すると、本件においては、いまだ憲法第三七条第一項に定める迅速な裁判の保障条項に反するような異常な事態には立ち至っていないものと認めるのが相当である。

したがって、弁護人の右主張は失当というべきであり、採用できない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋本盛三郎 裁判官 白井万久 田中清)

〈以下省略〉

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